乳酸とミトコンドリアの関係
2024.08.01
こんにちは!ゆかスキンクリニックの院長の青木由佳です。
今日はとても面白い文献を読みましたので、そのご紹介をします。
これまで何度か紹介してきたジュベルックやレニスナですが、PDLLA(ポリD,L乳酸)と呼ばれる、L型の乳酸とD型の乳酸が1:1で重合してできています。
PDLLAは体内で加水分解されて乳酸になり、最終的に水と二酸化炭素に分解されて無くなるので、生体内に埋め込む材料として長く使われており、最近では環境にやさしい生分解性プラスチックの材料としても注目されています。
PDLLAは生体内に入れると異物反応によりコラーゲンが増生したり、マクロファージという免疫をつかさどる細胞に影響を与えて炎症を抑える効果があります。実際に使ってみると、ジュベルックもレニスナもとても良い効果があり、患者さんからの評判も良く、使用しているクリニックも増えている印象です。
最近、『栄養学』や肌育ECM製剤について学んでいたところ、細胞のエネルギー代謝って大事だなぁと生化学の本を読み直しはじめました。
エネルギー代謝の話で必ず出てくるのが『乳酸』。
PDLLAは乳酸の重合物なので、分解されると『乳酸』ができるのですが、PDLLAの効果が単に異物反応だけでなく、分解されてできる『乳酸』による効果もあるのではと思い、乳酸について調べたところ、とても面白い文献が見つかりましたのでご紹介します。ただ、内容がとてもマニアックなので、患者さんというよりも同業者向けかもしれません。(笑)
この文献はあくまで実験室での実験であり、実際にジュベルックやレニスナでこういう効果があるわけではないことをご理解ください。
読んだ文献はこちら:
Lactate activates the mitochondrial electron transport chain independent of its metabolism
Cai, X. et al. (2023). Lactate activates the mitochondrial electron transport chain independently of its metabolism. Cell Metabolism, 83(21), 3904-3920.e7.
乳酸といえば、運動をしすぎた時に蓄積する疲労物質というイメージが一般的です。ただ、最新の研究では、乳酸にはエネルギー代謝において重要な役割があることがわかってきています。
基礎知識:
解糖系とTCAサイクル(クエン酸回路)
まず基礎知識ですが、昔、生物の授業でこんな図を見たことないでしょうか?
出典:看護roo https://www.kango-roo.com/learning/3693/
こちらは生きるために一番大事な、細胞がエネルギーを作るシステムです。酸素が必要ないグルコースからエネルギーを作る『解糖系』と、『解糖系』でできたピルビン酸がミトコンドリアに入り酸素下でエネルギーを作る『TCAサイクル』です。『TCAサイクル』の方が『解糖系』よりも多くのエネルギーを作れるので、できるだけ『TCAサイクル』を回してエネルギーを作りたいのです。
解糖系:
- 解糖系は、グルコースが細胞のエネルギー源であるATPを生成するための一連の化学反応です。このプロセスでは、1分子のグルコースが2分子のピルビン酸に分解され、その過程で少量のATPとNADHが生成されます。解糖系は酸素を必要とせず、細胞質で行われます。
TCAサイクル(クエン酸回路):
- ピルビン酸はミトコンドリアに取り込まれ、アセチルCoAに変換された後、TCAサイクルに入ります。TCAサイクルでは、アセチルCoAが完全に酸化されてCO2に変わり、その過程で大量のATP、NADH、およびFADH2が生成されます。このプロセスは酸素を必要とし、ミトコンドリア内で行われます。TCAサイクルは解糖系よりもはるかに効率的にATPを生成し、細胞の持続的で高エネルギーな活動を維持します。
さて、文献の実験の結果
①乳酸(L-乳酸およびD-乳酸)は、代謝されることなくTCAサイクルを活性化する:
乳酸にはL-乳酸とD-乳酸という光学異性体があり、通常生体内で作られるのはL-乳酸です。しかし、D-乳酸という異性体も存在します(PDLLAはこのD-乳酸とL-乳酸を1:1で重合しています)。今回の研究では、L-乳酸とD-乳酸の両方が検討されています。そしてどちらの乳酸も、ピルビン酸やクエン酸に変換されることなく直接ミトコンドリアのTCAサイクルに入り、ミトコンドリアの活性を促進します。また、解糖系が抑制されて既存のピルビン酸を効率的に利用してTCAサイクルでATPを生成することがわかりました。
②D-乳酸の特異的効果:
L-乳酸は体内のLDH(乳酸脱水素酵素)によってピルビン酸に変換されますが、その際にNAD+がNADHに変換され、活性酸素種(ROS)が生成される可能性があります。ROSは細胞にダメージを与える可能性があります。一方、D-乳酸はLDHで分解されずにミトコンドリアを活性化し、効率的にエネルギーを生成します。また、D-乳酸は免疫をつかさどるT細胞の増殖とエフェクター機能を強化することも示されました!
加齢とともに、ミトコンドリアの機能が低下し、ATP生成効率が悪くなります。これにより、細胞のエネルギー不足が生じ、エイジングの進行や関連する疾患のリスクが増加します。
TCAサイクルの活性化は、ミトコンドリアの新生を促進し、損傷を受けたミトコンドリアの除去(オートファジー)を促進して、細胞内のミトコンドリアの質と量が維持することが期待できるので、乳酸(とくにDー乳酸)の生体内での役割には今後期待していきたいと思います。
繰り返しますがあくまでこちらは細胞をつかった実験で一つの論文にしかすぎないので、
ジュベルックやレニスナにこのような効果があるということではないです。
でも、もしかしたらジュベルックやレニスナの効果には乳酸によるミトコンドリアの機能改善があるかもしれませんし、PLLAよりもPDLLAの方がしこりのリスクが低いのはDー乳酸が半分はいっているため、ピルビン酸に変換される時におきるかもしれなROSの影響が少ないのもあるのかもしれません。(今のところ私の仮説です)
いちまちの開業医ではそれを確かめる術がないのですが、今後の研究により、乳酸の新たな役割とその応用、そしてジュベルックやレニスナでもこのような効果が期待できるのか、わかってくるなといいなと思いました。
美容で使用する薬剤は一般の保険で使用される薬剤に比べると小規模な予算や研究で作られていることも多く、安全性の懸念は拭えません。
薬剤を販売・代行輸入する業者さんのよい言葉だけを信じず、自分でも文献をしっかり読み、薬剤の機序やリスクを多方向から検討することは美容に携わる医師としてはしっかりとするべきだと思っています。薬剤をしっかりと知ることで、可能な限りリスクを回避し、よりよい適応の患者さんにおすすめできると思っています。
今後もしっかりと知識をもって美容医療に携わっていきたいです!